こんにちは、孑度 哩です。
ローマと言えば「ローマの休日」というわけで、続いて「真実の口」を訪れました。手を口に入れると、偽りの心がある者は手が抜けなくなるという伝説があります。教会のかたすみにあり、観光客も数人だけ。勇気を振り絞って手を入れてみると、何と――。手は無事に抜け、旅行を続けることができました。

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ローマと言えば「ローマの休日」というわけで、続いて「真実の口」を訪れました。手を口に入れると、偽りの心がある者は手が抜けなくなるという伝説があります。教会のかたすみにあり、観光客も数人だけ。勇気を振り絞って手を入れてみると、何と――。手は無事に抜け、旅行を続けることができました。

こんにちは、孑度 哩です。
ホテルのロビーで日本語ガイドと待ち合わせて、ローマ市内観光に出発です。交通手段は徒歩と公共バス。最初の目的地はパンテオン。待っていたのは、多くの観光客と曲者のミサンガ売りでした。いきなり手に付けようとする売り子。ガイドの抗議で追い払うことができましたが、下手をすると高額の値段を吹っ掛けられるそうです。

こんにちは、孑度 哩です。
終点のテルミニ駅。これまで英語のターミナル(終着駅)の語源かと思っていましたが、実は共同浴場を意味するラテン語のテルマエ(termae)から生まれたとのこと。駅の周辺がディオクレティアヌス帝時代の浴場跡だったことから、テルミニ駅と名付けられたのだそうです。
今日の宿泊先は、ここから歩いて数分のところにありました。

こんにちは、孑度 哩です。
ローマの国際空港に到着しました。名前はフィウミチーノ空港ですが、愛称はレオナルド・ダ・ビンチ空港。納得の名称です。次の問題はローマ市内までの交通機関。値段と安全と容易さで、鉄道を選びました。窓口で「テルミニ」などと伝え、無事チケットをゲット! 列車名は「レオナルドエクスプレス」で、一度乗車すれば終着はローマの中心にあるテルミニ駅です。

こんにちは、孑度 哩です。
早朝、と言っても日本時間では昼過ぎですが、パリのシャルルドゴール空港に到着しました。目指すはローマ行きの便が待つ搭乗口。目印は、「transfer」とか「transit」などの表記。そして何よりも人の流れです。歩いていると、「ローマ云々」という日本語が耳に入り、早速そのグループに躊躇(ちゅうちょ)なく話かけ、一緒に探して入国窓口へ。ユーロ圏内なので、ここで入国審査し、無事ローマに向けて出発できました。

こんにちは、孑度 哩です。
いよいよパリ経由ローマ・ポンペイ個人旅行の出発です。職場は、土日に祝日などが重なり4連休。仕事を終えて家に戻り、バッグを肩に成田に向かいます。そう!確約航空券入手条件が成立する「5日間」が確保できました。騒音規制で22時前の出発。機内食を味わってひと眠り。目覚めればパリです。

こんにちは、孑度 哩です。
それでも、なぜポンペイなのか。決め手は夜便です。当時は、夜便すなわち勤務した後に搭乗できる便は、エールフランスのみでした。<ruby>夜便を利用すれば、5日間のうち1日分を稼げるわけです。こうなると、乗り継ぎはパリのシャルルドゴール空港。そしてパリ経由で手軽に行ける有名観光地ということでイタリアのローマ。そこでの催行ツアーということで、ポンペイを選んだのです。今は夜便が増え、いろんな個人旅行を楽しむことができます。もちろん私も利用しました! その紹介はもう少し後になります。

こんにちは、孑度 哩です。なぜポンペイなのか、理由は3つあります。1つは、ある目的(詳しくは後日)のための予行練習に、乗り継ぎを経験することです。2つめは、日本出発から帰国までが5日間で済むことです。欧米への渡航は、4日間まででは正規チケットですが、当時は5日間以上ですと割引運賃が適用されたのです。今は自由競争になっていて、旅行期間は問わないようですが…。
3つめは、現地発着日本語のツアーがあることです。英語をはじめ外国人との会話はほとんどできませんので!
この3つの方程式を解いた結果がポンペイでした。

こんにちは、孑度 哩です。前回まで初めての海外旅行の顛末をご紹介しました。実はこのツアーはある社会教育団体が主催したもので、公民館や幼稚園など公共施設を訪問するパック旅行でした。その後、夫婦で、家族で、親子で海外旅行を楽しみましたが、いつのまにか個人旅行にチャレンジしたいという「冒険」心が湧いてきました。その裏付けになったのがマイレージ。マイルを貯めて航空券をGET!完全個人とはいきませんが、いよいよ一人旅が始まります。

こんにちは、孑度 哩です。行程も大詰めとなり、パリの夜を楽しむことになりました。行き先はシャンゼリゼ通りにあるリド。生まれて初めてのディナーショーです。踊りはもちろんですが、火が出る水が出るという大規模なショーの仕掛けにも眼をみはりました。(リタイヤ後にもう一度訪ねましたが、あのときの迫力はどこへやら…。歳のせいなのでしょうか。これで1976年2月の記録を終わりにします)
