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白内障手術の最中で

「……手術の最中」と言っても、もちろん手術を受けるということで、行うという訳ではありません。以前から、散歩中、前方まぶしくて、前方ほ正視できない状態が続いていました。道を横切るにしても、目を凝らして何度も安全を確かめないと道を渡ることができませんでした。どうにも日常生活に困るので、白内障の手術をしてもらうことにしました。手術そのものは水晶体がにごっているのでそれを取り除き、かわりに人工のレンズに入れ替えるというものですが、にごっているといえ、自分の水晶体のかわりに人工物を入れるということに不安を覚えました。それに微量とはいえ水晶体を包む袋(水晶体嚢=すいしょうたいのう)を切り開くというので、痛いのではないかと多少恐怖をいだきました。手術は、二回にわたって行われます。一回目は、すでに先週の月曜日に行われ、左目に施され、二回目は、一週間後の月曜日に右目に施される予定になっています。一回目の手術の感想ですが、待ち時間が長く手術室が非常に寒かったこと、部分麻酔をしたのも、実際の手術もほとんど実感がなく、短時間に無事に行われたことです。手術当日は、寝る前まで涙が出た他は、特に痛みもなかったです。術後の安静と清潔を保つため、とりあえず、運動等は禁止され、入浴も制限されたりしました。一番併行したのは、朝、昼、夕、寝る前の目薬の点眼と、感染症予防のためでしょうか、四六時中ゴーグルを着用しなければならないことでした。白内障は、年齢が進むにつれて、水晶体が濁る病気です。老化が誰もが避けて通れないように、白内障が発症する可能性は高いようです。参考までに白内障の手術をうけた経験の一端を紹介しました。

終戦記念日で思うこと

今年も終戦記念日、8月15日がやってきました。今年は78年目を迎えるということですが、年々、平和を希求する気運が薄らいできているように感じるのは私だけでしょうか。テレビでも映画でも、この時期に合わせて、戦争に関する番組や映画を見せてくれますが、近代日本が経験した戦争の中でもアメリカ合衆国を主要な敵国として戦わされた太平洋戦争の、戦局が極度に悪化し、しかも敗戦濃厚になった時期のものを取り上げているように思います。沖縄戦、東京大空襲、広島・長崎における被爆、ソ連による満州への進攻等々。戦争の悲惨さを伝えるには十分といえますが、戦争の実相を伝えるには、なぜ戦争に至ったのか、日本軍が優勢にあった時に、何があたのか、ほとんど触れられていないのでしょう。近代日本が唯一負けた戦争の最後の局面だけほ取り上げただけなのは、いかにも歯がゆい思いがします。

ヒマワリも新大陸から

黄色い花はヒマワリ、手前の大きな葉はハラン、たくさんの赤い実はヒペリカム、羽状の葉はパンパスグラス。ハランは地下茎で育つ日陰でも育つ丈夫な多年生の草花ということで、紫色の花を咲かせですね。ヒペリカムの赤い実は特徴的なのですが、実をつける前に黄色い花をつけるようです。パンパスグいうこと、でラスは、南米の大草原(パンパス)の草(グラス)という意味の草花で、もちろんアルゼンチンやブラジルの原産ということです。イネ科の草花でモップの先のいかような部分が花らしいのですが、よくわかりません。さて、ヒマワリですが、夏の代表的な花で、見るたびに元気が出る花です。しかしこの頃は遠くへ行かなければヒマワリにお目にかかることでできないようです。元気が出ないのも当然なのでしょうね。ヒマワリのことも調べてみると、いろいろなことがわかりました。まず原産地ですが、北米大陸で、それがヨーロッパの方に広まったのは、コロンブスの新大陸(アメリカ大陸)を発見を契機に、16世紀の初めにスペインの医師がヒマワリの゜種子を自国へ持ち帰って育てたのがはじまりということです。多くの植物が新大陸からヨーロッパに持ち込まれたのと同じですね、ヒマワリについての花言葉はこの前テレビでやっていましたので割愛します。

※久しぶりの投稿。投稿中断の理由はいろいろあります。この間、目の不調でとても投稿をする気力がわかなかったこと、連日のうだるような暑さで、歩(特に夕方の散歩)をさしひかえたこと、などです。

 

 

さるすべりの花

ずいぶん久しぶりにさるすべりの花を見た感じがします。なかなか涼しい朝にめぐりあわないので、思い切って朝の散歩を五時代にくりあげて出かけていました。ほとんど毎日のように同じコースをあるいているのですが、少しうつむきかげんで歩いているせいか、さるすべりの花が咲いているのに、その日は、久しぶりにでくわしました。さるすべりとは、木登りの得意のはずのサルも足をすべらせるほどにすべすべした木肌の木で、花が咲いている期間が夏の初めから秋口までとたいへん長いので百日紅(ヒャクジッコウ)という別名があります。花の写真を撮った後、地面を見たら、すでに花びらがいくつか落ちていました。それにしても百日これ紅なんて優雅ななまえですね。

ナルコユリの花は?

手前の大きな葉は、ナルコユリ、花はすべて、リンドウ、小さい葉はユキヤナギ。ナルコユリについて調べてみると、キジカクシ科という草花の仲間ということで百合とは関係なさそうです。ちなみに、ナルコは、漢字で「鳴子」と書きますが、ナルコユリの花のつき方が鳴子に似ているからということで、きっとつりがね状に花が咲くのでしょうか? 白い可愛らしい花ということですが、残念ながら開花期が四月から五月ということで見られません。本州から九州・四国の野山に自生すれといいますから、野山に分け入って花が咲いているところを見たいですね。

花の命は短くて

朝の七時ごろ、「花がさいたよ」と声をかけたところ、妻がとってくれたのが、この写真です。木槿(むくげ)、くちなし……と去年まで我が家を楽しませてくれた木は、真夏の猛暑のため枯れていく中、サボテンは途中で折れ曲がったりしてどうにか生き残ってきました。かっては、そのてっぺんに花をみせてくれましたが、ずいぶん長い間、花を見なかった気がします。せっかく咲いた花も午後にはしぼんでしまいました。せっかく咲いた花もその日のうちにしぼんでしまうというという花は多いようです。

ベニバナは県の花

赤い花は、ベニバナ、円柱状の形の花は、ガマ(特に円柱の部分をガマの穂という)、白い花はテッポウユリ。ベニバナの花は、その色素が口紅や染料のもとになることはよく知られています。またベニバナの種をしぼった油がサラダ油やマーガリンに利用されています。ベニバナの原産地ははっきりしていませんが、インドやエジプトでは古くから栽培されています。日本では、何といっても山形県の最上地方が有名で、県の花としてベニバナが選ばれています。

入管法の改正で思うこと

入管法(出入国管理及び難民認定法の略)は先ごろ終わった国会で改正されました。入管法は戦後まもなく交付され、何回か改正されたのですが、2021年廃案された内容が今回の改正に盛り込まれました。その内容というのは、難民認定の申請は二回まで、それ以降は、強制退去の対象となるというものです。難民認定の基準がどんなものか知りませんが、いかにも難民申請者に背を向けた冷たい法という感じがするのですが、いかがですか。こんな国の姿勢と対照的なできごとが江戸時代の末期にあったので紹介したいと思います。時は、嘉永七年(1854年)11月、すでに前年度ペリー艦隊が浦賀に訪れ、長い鎖国の状態から日本が開国に向かって進んでいるときのことです。どういう訳か、この頃大地震が相次いで発生し、そのうちの一つが今の神奈川県や伊豆地方を襲った大地震は、津波を被害をもたらすものでした。ちょうどロシア・ロマノフ王朝の使節として日本にやってきていたプチャーチン以下五百人が乗船する軍艦ティアナ号が下田湾に停泊中でした。津波は下田町一帯を襲い、下田町の民家はほぼ全滅し、ディアナ号の船底は大破してしまいました。プチャーチンはディアナ号を修理すべく、伊豆半島の西側の戸田(へだ)に向かわせましたが、一二月二日に沈没してしまいました。酷寒の海で溺死の危機に瀕したロシア人水兵五〇〇名を救ったのは、駿河湾北岸の村人たちでした。 以下わずらわしいですが引用させていたただきます。──ディアナ号のマホフ司祭はその手記の中で、「早朝から千人もの日本の男女が「浜辺に押しかけて来」、救助にたずさわったことを、「この目が信じられぬほどの出来事だった」とし、「何人かの日本人が目の前で上衣を脱ぎ、私たちの仲間のすっかり冷えこんで震えている水兵たちにあたえたのは驚くべきことであった」と記している。感激した司祭は、「善良な、まことに善良な、博愛の心にみちた民衆よ! この善男善女に永遠に幸あれ」と記すのであるが、民衆の世界においては、救いをもとめる者へは手をさしのべるという人間的な連帯の感情が息づいており、かれらにとっては、遭難船や漂流民の救助すら否定する鎖国が有害無益な制度であったことを、この事件はよくしめしている。──なおディアナ号の修理は断念したらしく、幕府は新たに戸田港の南岸に造船所をつくり、そこでロシア人の技術者の指揮の下、周辺の土地から船大工や人夫が集められ西洋型帆船を建造することを許しました(翌年春完成)。今度の入管法の改正で日本人の外国の人に対する意識が一世紀以上の昔の人に比べて進んでいないということを思わずにはいられません。

ヒュウガミズキは宮崎県産?

大きな黄色い花は、西洋ギク、これも大柄の葉は、ヒュウガミズキ。ヒュウガミズキは、宮崎県の古名が日向であることから、宮崎県に分布していると思ってウェブで検索してみたら、なんと石川県から兵庫県の日本海側に自生しているということです。それではなぜヒュウガミズキと名づけられたのでしょう。この名前の由来については、このヒュウガミズキが近縁種のトサミズキより小型であることからヒメミズキと呼ばれそれが訛ったとか、近畿地方に領地を持っていた明智光秀が日向守と名乗ったことからこの名がつけられたとかという二つの説がありました。なおヒュウガミズキの三月の春の早い時期に薄く美しい黄色い花を咲かせたあと葉をつけるということです。

ちょっとした楽しみ

じめじめ天気、どんよりしたくもり空、こんな日が続くと、なんだか気分がめいってしまいそうですね。そんな私を元気づけてくれるのは、アジサイの花、花、花。軒下にひっそりと咲いてたり、、塀のすきまからひょっこり顔を出したりとさまざまですが、とにかく沈みがちの私を楽しませてくれます。写真のアジサイは、どなたかのお家にさいているのではなく、小道にさいているアジサイ群の一つです。