こんにちは、孑度 哩です。翌日は、もう一つの目的地に向かいました。千畝が勤務した領事館です。カウナスという町に残る領事館跡。静かな住宅地の中にたたずんでいます。門柱には、「希望の門 命のビザ」と刻まれていました。

こんにちは、孑度 哩です。翌日は、もう一つの目的地に向かいました。千畝が勤務した領事館です。カウナスという町に残る領事館跡。静かな住宅地の中にたたずんでいます。門柱には、「希望の門 命のビザ」と刻まれていました。

今年は、なぜか神社の彼岸花がお彼岸を過ぎても咲きませんでした。でもようやくこのニ、三日で咲きそろいました。来週は雨の日が続くというので、取り急ぎ神社の境内を背景にして咲いている彼岸花をカメラにおさめました。

今回は、前回の続編で、吽形(うんぎょう)の狛犬です。なるほど口をしっかり結んでいて、幼い子供の背に軽く片足を置いています。あるいは母親の狛犬を想定してつくられたのて゜しょうか。

こんにちは、孑度 哩です。ヴィリニュスに一泊し、ホテルで夕食。「勘」を頼りの注文です。メニューの順番は、ほぼ共通。何とか夕食を済ませることができました。

およそ二年前、正確には一年と十カ月前、近くの神社の狛犬を水彩画を投稿しましたが、再度同じ狛犬の水彩画に挑戦してみました。これを機会に狛犬について調べてみると、意外なことがわかりました。そもそも狛犬の起源は、古代オリエントやメソポタミアに遡るということです。古代エジプトやメソポタミアでは神域を守るライオンの像が配置されていて、さらに古代インドでも、仏の両脇に守護獣としてライオンのもちいられているということです。日本には唐という時代の中国から仏教とともにやってきたということです。今は、一対の像を狛犬とよんでいますが、社殿に向かって右が獅子すなわちライオンが、左側が狛犬が配置されるのが一般的ということです。獅子の方が口を開け、狛犬の方が口をつぐんでという特徴がありますが、ほとんど形体上の違いが見つかりません。狛犬は伝説上の獣で以前は角をつけていたらしいです。なお獅子像が「阿形(あぎょう)」で口を開いており、左側の狛犬像が「吽形(うんぎょう)」で口を閉じている形式は、お寺の山門に見られる仁王像の形式を反映しています。さて水彩画にした狛犬は向かって右側なので、正確にいえば、阿形の獅子ということですね。

青紫の花は、トルコギキョウ、長く伸びた葉は、コデマリで、今回もあっさりした組み合わせです。トルコギキョウもコデマリも、二回目の登場です。トルコギキョウという名前からキキョウの仲間のように思われますが、何とリンドウの仲間ということです。北アメリカ原産で、日本には昭和十年代に入ってきました。色彩に富み、咲き方もいろいろに品種改良されています。

記念すべきブロック積の一段目がおわろうとしている所です。はじめの一歩ならぬ、はじめの一段という所でしょうか。でもよく考えてみると、本当のはじめの一歩の前に、さらにたくさんの過程があるのでした。まず作業しやすいように周りの雑草や石をとりのぞき、しっかり均しながら堀を掘ります。つぎに水準点により高さを測り、水糸をはる。そして、セメントと砂をまぜ、モルタルをつくる一連の作業があったのです。

赤い花が2輪、くねくね曲がった枝が真上や横にのびるあっさりとした構成。赤い花はビンクッション、くねくねのびた枝は雲竜柳(うんりゅうやなぎ)といいます。ビンクッションは、南アフリカの沿岸部に分布し、花の形状が手芸で使う針刺しにたくさんの針が刺された様子に似ていることから名づけられたそうです。雲竜柳は、中国原産で、何もしなくてもくねくね曲がっていますが、、枯れていなければ、手でたわめることができるということです。

こんにちは、孑度 哩です。千畝の記念碑からは、中世の面影が残るヴィリニュスの街並みを見ることができます。見晴らしの良いこの地に記念碑があることに、リトアニアの人びとの千畝に対する思いを見て取ることができました。(中央の女性は現地の日本語ガイド。右端の自動車で移動した。)

八月の初め、近くの喜多院という大きなお寺に写真をとりにいった際、五百羅漢を拝観しました。何枚か写真におさめた中の一枚を選んで水彩画にしてみました。形にこだわりながら、石の質感をだそうとしたのですが、なかなか思うようにできませんでした。
