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秋の代表的な花

手前の花は写真ではピンクに見える花(肉眼でオレンジ色ですが)キク、青紫色の花はリンドウ、そして白く伸びた枝は、ウンリュウヤナギです。リンドウは、日本原産で、日本全域に生育しているそうで、青、紫、水色などの寒色の花が主な色合いですが、最近は改良のの結果、白やピンクの花が生まれているそうです。以前のブログでも触れましたが、日本名のリンドウは、中国での竜胆とか龍胆と名づけたのものの音読みからきているということです。そしてリンドウは、最高に苦いと言われる熊の胆のうを上回るということ竜の胆のうを意味で竜胆もしくは龍胆と名づけらたということです。春さくリンドウもあるようですが、やはりリンドウは秋の野山を色どる代表的な花です。

動画ありがとう

今年は市制百周年目を迎え、盛大に川越祭りが行われています。本日(十月十六日)はその二日目です。昨日は、お祭りのお囃子の音をよそに、いつもと同じように夕方の散歩にでかけました。ところがタイミングよく、菅原町の山車の集団方に見えて来たのです。もう少しタイミングよければ、カメラで山車が動き出すところを撮影できましたが、残念ながら手元にはカメラはありませんでした。少しがっかりした私のもとに動画が届いたのは、散歩から戻ってだいぶたってからです。たまたま結婚して県内の住んでいる娘がたまたま市内に訪れて、スマホで撮影した山車の動画を「LINE」を通して送ってきたのです。一分間に満たない動画ですが、お祭りの雰囲気を伝えてくれると思いますので投稿することにしました。ちなみに、撮影された山車は、仙波二郎安家の人形を載せていました。

剣の形をした花

同じような形と色の花がありますが、実は二種類。一つ目は、花の真ん中が白抜きになっているのが、グラジオラス。二つ目は、白抜きになっていないのが鶏頭。そして細かい葉はドウダンツツジです。ドウダンツツジの葉と対照的なのは、グラジオラスのすっと伸びた葉です。グラジオラスのまめちしきですが、゜このすっと伸びた葉の形から、剣を表すにラテン語のグラディウスから名前がつけられたということです。もともと原産は、小アジアから地中海にかけてと、あふりかの熱帯地方から南アフリカにかけての二つの地域があり、日本には、江戸時代に入ってきたけれど、うまく根づかず、明治に再び輸入されて栽培されるようになったということです。

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コスモスの群生

今日は久しぶりに不老川という川の土手の道を歩いてきました。アルが我が家にやってきて、まもなくですが、草むらに頭をつっこんだとたん、飛び上がったのです。突然蛇が出て来たので、おどろいたのです。そんなことを思い出しながら、歩きました。犬と一緒なら苦にならない散歩も、人だけだと疲れるものです。道の両側は丈の長い草をさえぎられて見通しが悪いので、あまり気分はすっきりしません。そこで見つけたのがコスモスの群生です。最近、コスモス見かけないね、と話したばかりでした。

ある踏切で

アルの散歩がなくなってからも朝と夕方の二回、体力維持のため、散歩を続けています。今までアルと一緒に歩いた道や場所をめざして歩いてみました。駅の西側に向かう踏切もアルが好んで行った所です。ある日、踏切にさしかかったところ、遮断旗がおりて、上りの電車がこちらにやってきました。アルはこんな時、怖いからでしょうかよく電車目がけてほえかかったものです。でもその時は、そんなこともなく、デジタルカメラをじっくりかまえて、シャッターをきることができました。

わすれていた彼岸花の写真

デジタルカメラの中身を再生していたら、少し前に撮った彼岸花が見つかりました。少し見頃が過ぎましたが今でも神社の彼岸花が道行く人の足をとめています。三脚を立てて、じっくり彼岸花を接写している人を見かけます。とても出来映えは及びませんが雰囲気だけは伝えられると思うので今年も投稿させていただきます。

久しぶりの投稿

むかって右の薄いピンクの花は、小菊、赤い葉はユキヤナギ、左側の花はリンドウです。本当にひさしぶりの投稿になりました。考えてみれば、このブログのはじめての投稿は、愛犬アルのおしっこについての記事でした。それから七年間とちょっとたったということです。先日のアルとの突然のお別れから、何の目的もなく、朝夕の散歩だけは続けているのでず、どこへ出かけてもアルトの思い出がついてくるようで、本当に困ってしまいます。

アルとの別れ

昨日(9月5日)の夜一時、我が家の愛犬アルが旅立ちました。今年六月で十二歳になり、今日までで十二歳と二ヵ月という、人間と比べて短い、また大型犬にしては多少壽命が長かったといえるかもしれません。今年の誕生日を過ぎるころから衰えのきざしがありました。ちょっとした拍子でびっこをひいたのです。何度かの下痢や悪性でない腫物ができた時の他には病院に行くことがなかったのですが、その時は先生から「階段の降りること」が厳禁されました。それ以来、神社の急な石段を迂回してしたの公園に向かうようにしました。その際アル君を納得させるため、おやつの切れ端をあげることになりました。幸いびっこそのものはのはなくなりましたが、それ以来今まではできるだけ遠くに行こうとしていたアル君が決まったコースを選ぶようになりました。初めは連日の猛暑のためとあまり気にとめなかったのですが、どうもちがうようです。比較的涼しい朝の散歩はともかく夕方の散歩が近くの神社の庭か、坂を降りた近くの公園だけを選んで、おしっこやうんちをすませる有様です。さらに暑さをました時期には朝は一時間早めたり、夕方は遅く出かけるようにようにしました。曇りや雨の日が多くなり幾分穏やかな気候になりはじめたとき、昨日まで機嫌よく食べていたものを食べなくなってきたのです。八月の半ばだったでしょうか、今まで夢中で飛びついていた野菜や果物をぷっつり口にしなくなったのです。一番困ったのは肝心のドックフードを食べなくなったのです。口元につまんで持って行っても顔をそむける始末です。仕方がないのでドックフードを電子レンジで温め、水にふやかして食べさせたところ自分から進んで食べるようになりました。またササミとじゃがいもとキャベツを煮込んだ物を食べさせたりしました。ちなみに今までは、一日三食ドックフードを与え、夕方三食目の後、少しずつ煮たキャベツを食べさせていました。その頃はキャベツ単独では食べなくなっていました。ドックフードの代替としてたべさせたのですが何回かするとたべなくなりました。電子レンジであたためたドックフードは最初は進んで食べ、残したものも時間をおいて完食しました。そのうちたべ残しをするようになり、食べさせる料を減らしたりしましたが、結局たべなくなったのです。一番ショックを受けたのは、あれほどとびついていたおやつに顔をそむけたことです。食べ物の受け入れに一喜一憂している間に、アル君の体の衰弱確実に進んでいました。散歩の途中で座りこんだり、水をしきりにほしがたり……しばらく待ってお尻を少しささえて立ち上がらせたり、おしっこをした時の水を分けてあたえたりしました。その間立ち上がり大変なので、ゲージをたたんで、部屋の中ですごさせることにしました。最初のうちは自由に家の中を探検して廻る様子もみられましたが、それもできなくなりました。なにしろフローリングの上ではふんばりがきかず、自力で立ち上がることができなくなりました。ある朝我が家の門の前で、地面に寝そべって行こうとしなかったのが最後の散歩でした。今まで喜んでやってきたことができなくなったり、食べていたのが食べなくなったりというのは悲しいことです。何が原因かわからないまま、動物病院に連日連れていって点滴を打ってもらったのですが、はっきりした診断はもらいませんでした。動物病院の先生の話では、(目の色や歯ぎくの色、そしておしっこの色が黄色くなっていることから判断して)<ruby>黄疸<rt>おうだん</rt></ruby>を起こしているということで、肝臓や膵臓など内蔵の疾患が考えられるということでした。くわしい原因は精密検査の結果をみなければわからないということで、精密検査をして原因を見つけるか、年齢を考えてしばらくの間対処療養にゆだね様子をみることにするかの二者択一を迫られていました。その日の夜、たまたま起きていた娘の前で息をひきとったということです。あっという間の別れなので今でも起き上がってくるような気がして、現実として受け入れられない気持ちがします。

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ご回答をありがとうございました。 ✨

テレビがこわれて

何となくスイッチを入れ、半ば時計がわりに利用しているのがテレビですが、我が家のテレビが突然こわれてしまいました。こわれたのが土曜日なので、さっそく近くの家電量販店に購入の手続きに行ったものの、取り付けが翌週の金曜日ということで、少しがっかりして帰ってきました。その日からテレビのかわりをしてくれたのがラジオです。何となくて動かなくなったテレビの画面に目をむけるかわりに、ラジオから出力する音声に耳を傾けていると、ラジオを聞きながら何かをやっていた昔の自分に戻ったようなそんな気がしてきました。ラジオを聞きながら何かをするから、テレビに見ながら何かをするに変わったのはずいぶん前の話です。ラジオの音声に神経を傾けていると、同じながらでも、ラジオを聞きながらの方がごく自然のような気がします。ちなみに気に入った番組は、朝6:30からのTBSラジオの「森本毅郎スタンバイ」と昼1:00の同じく「赤江珠緒たまむすび」です。

なぜいかめしい名が

手前のピンクがかった花はリョウブ、後方の青い花はりんどう。ところで、リョウブは漢字で書くと「令法」。なぜこんないかめしい名前がつけられたのでしょうか。それは、リョウブ自体は、北海道の南から九州まで、日本全国に自生していたそうです。しかも新芽のうちの若葉が食べられることから、飢饉の際の食料にするように昔は法律で定められたから、「令法」という名前がつけられたとか。リョウブの若葉を刻み、塩をまぶして、ご飯と混ぜた「リョウブ飯」を紹介したページがありました。