Category Archives: 海外旅行

収容所

こんにちは、孑度 哩です。杉原千畝はビザを書き続けましたが、それでもリトアニアを脱出できなかったユダヤ人が数多くいました。そして容所行きに…。リトアニアには収容所がいくつかあり、今は、当時を語る継ぐ博物館に生まれ変わっています。その一つを訪ねてみました。

鉄柵

こんにちは、孑度 哩です。千畝は、運命の日の光景を手記に綴っています。「忘れもしない1940年7月18日の早朝の事であった。…6時少し前。表通りに面した領事公邸の寝室の窓際が、突然人だかりの喧しい話し声で騒がしくなり、意味の分からぬわめき声は人だかりの人数が増えるためか、次第に高く激しくなってゆく。で、私は急ぎカーテンの端の隙間から外をうかがうに、なんと、これはヨレヨレの服装をした老若男女で、いろいろの人相の人々が、ザッと100人も公邸の鉄柵に寄り掛かって、こちらに向かって何かを訴えている光景が眼に映った」写真は、当時の様子と執務室から撮影した領事館の門です。

ホトトギスの花について

黄色い花はキク、赤い実をつけた枝はつるバラ、紫の花は、ホトトギス。ソケイのかわりにホトトギスが登場し、つるバラが豊富に使われていることが前回の生け花と変わった所です。そこでホトトギスについて調べました。まずなぜこの名前がつけられたのかいうと、若葉や花にある斑点模様が、鳥のホトトギスの胸にある模様にと似ているからということです。なお葉にある斑点は、花が咲くころは消えるそうです。またホトトギスはユリ科に分類され、崖や傾斜地など日当たりが弱い所に夏の終わりから秋にかけて咲きます。日本をはじめ、台湾や朝鮮半島など主として東アジアに分布していますが、多くの種類が日本の固有種であることから日本原産と見られています。

希望の門

こんにちは、孑度 哩です。翌日は、もう一つの目的地に向かいました。千畝が勤務した領事館です。カウナスという町に残る領事館跡。静かな住宅地の中にたたずんでいます。門柱には、「希望の門 命のビザ」と刻まれていました。

知事選と「ヴィリニュスの街並み」

こんにちは、孑度 哩です。千畝の記念碑からは、中世の面影が残るヴィリニュスの街並みを見ることができます。見晴らしの良いこの地に記念碑があることに、リトアニアの人びとの千畝に対する思いを見て取ることができました。(中央の女性は現地の日本語ガイド。右端の自動車で移動した。)

命のビザ

こんにちは、孑度 哩です。記念碑には、杉原千畝の業績を表す書類が彫り込まれていました。命のビザです。1940年7月から8月、リトアニア在住のユダヤ人にもナチスドイツの魔の手が襲い掛かっていました。そこから逃れるためには、日本を通過するビザが必要です。杉原千畝は、日本政府の訓令を無視して、ユダヤ人にビザを発行し続けたのです。

記念碑

こんにちは、孑度 哩です。ヴィリニュスの街をしばらく歩いていくと、大きな川に出ました。その川べりに記念碑を発見。いよいよ旅の目的の一つに出会うことができました。杉原千畝の記念碑です。