ピンクの花は、ボケ、そして幻想的な黄緑の花はなんと菊です。ボケの名前の由来について以前ふれました。ボケの原産地は中国大陸で、日本には平安時代にもたらされたということです。菊の方は、野菊が日本に自生しているが、栽培種や園芸種は同じように奈良時代の末から中国からもたらされたようです。

ピンクの花は、ボケ、そして幻想的な黄緑の花はなんと菊です。ボケの名前の由来について以前ふれました。ボケの原産地は中国大陸で、日本には平安時代にもたらされたということです。菊の方は、野菊が日本に自生しているが、栽培種や園芸種は同じように奈良時代の末から中国からもたらされたようです。

こんにちは、孑度 哩です。杉原千畝はビザを書き続けましたが、それでもリトアニアを脱出できなかったユダヤ人が数多くいました。そして容所行きに…。リトアニアには収容所がいくつかあり、今は、当時を語る継ぐ博物館に生まれ変わっています。その一つを訪ねてみました。

何回か前にブログにとりあげたねこちゃんをモデルにして水彩画にしてみました。思いの他、時間がかかったのは背景のブロック塀がむずかしかったためです。近所の人がえさをやるとき、このねこは三番目にならぶということです。

こんにちは、孑度 哩です。千畝は、運命の日の光景を手記に綴っています。「忘れもしない1940年7月18日の早朝の事であった。…6時少し前。表通りに面した領事公邸の寝室の窓際が、突然人だかりの喧しい話し声で騒がしくなり、意味の分からぬわめき声は人だかりの人数が増えるためか、次第に高く激しくなってゆく。で、私は急ぎカーテンの端の隙間から外をうかがうに、なんと、これはヨレヨレの服装をした老若男女で、いろいろの人相の人々が、ザッと100人も公邸の鉄柵に寄り掛かって、こちらに向かって何かを訴えている光景が眼に映った」写真は、当時の様子と執務室から撮影した領事館の門です。

ピンクの鮮やかな花は、カサブランカ、そして線状の茎とくねくねした茎はすべて石化エニシダで、もともと一つのものを二つにしたそうです。カサブランカは見ての通り、ユリの仲間で、1970年代オランダでタモトユリやヤマユリ、カノコユリといった、もともと自然に自生する種類のユリから品種改良された種類です。ところでカサブランカのもとになったタモトユリはもともと日本の鹿児島県のトカラ列島の一つの島に自生していたそうですが、残念ながらその球根が乱獲されたため絶滅してしまいました。よくわからないのは石化エニシダのほうです。以前のブログでは石化ヤナギがでてきましたが、もともと線状の枝先が合わさって、平べったく帯状になっているところが石化というのだそうです。石化とは、成長点の所で突然変異で起こる現象で、植物学的には帯化というそうです。
