プーケット到着

こんにちは、孑度 哩です。タイ国際航空の機内でひと眠りすると、早朝のプーケットに到着。迎えの車は荷車のような自動車でした。数組の旅行者と混乗でパトンビーチにあるホテルに向かい、例によって日本語ガイドさんの力を借りてチェックイン。そして、ダイビング講習に向かいました。

生け花教室再開

今週は、三カ月ぶりに生け花教室がありました。ただしコロナのために楽しみにしているお菓子は自粛。おまけにマスク着用でおしゃべりも控ええ目だったようです。花の名前ですが、黄色の花は、キク。長く伸びた花はリアトリス。丸いボールの形の花は、ルリタマアザミ。そして大きく葉をひろげているのが満天星ツツジ。この中で面白いのは、ルリタマアザミです。丸い花に見えるのは、実は小さな花の集合体で、深い紫がかった花の色と形から「瑠璃玉」の名がつけられ、しかもあざみといわれても、あざみの仲間ではありません。しかも学名は、花のつぼみが、とげとげしていてハリネズミを意味するエキノプスと言うということです。

関空発深夜便

こんにちは、孑度 哩です。まず品川経由で羽田空港に到着。続いて今回の出国地、関西空港に向かいました。フライトは日付が変わってすぐの深夜便。到着先は真夏のプーケットです。冬の服装から軽装に着替え、出発しました。

行き場を失ったマスク

人々はコロナの感染から身を守るためのただ一つの手段としてマスクをつけて外出しました。でもすでにマスクは店頭から消えていました。なかなかマスクが手に入らなくなる状況の中で政府からは、一家族当たりマスクを配布するという発表がなされました。しかしなんと一所帯ごとに二枚のマスクが配布されるということで、首をひねってしまいました。いくらマスクが不足していると言っても、二つのマスクをどう使えというのでしょう。我が家では、幸い買い置きのマスクを繰り返し洗って使いました。完全にウイルスを遮断するかどうかわからないのですが、とにかくこれしか方法がないのです。政府からのマスクがなかなか届かないうちに、近所の方から何枚の手製のマスクもいただくことができました。マスクについては、十分足りているのに国からのお贈り物がいつ我が家に届いたか忘れました。写真は、我が家のマスクの日陰干しの様子です。

 

かもの絵

この鴨の写真をとったのは、今月の22日でした。写真をもとに水彩画にしたのが29日。これまでも公園の手すりの上にかもがたたずんでいる姿を見かけました。時には、つがいの鴨が向かい合っている姿にでくわしました。あーあ、カメラを持っていればなと思うことが何度かありました。この鴨に会ったのは、少し日差しが弱い朝のことでした。実は、この鴨を含めて三羽でした。三枚とったなかでは、ただ一枚、露出が足りたのがこの一羽のみが写っているこの一枚でした。三羽そろってパチリとおさめたのは、露出不足だったのです。この日から一週間、すっかり鴨を見かけることはできなくなりました。もう北の国めざして旅発ったのでしょうか。

町の景色

細い道や曲がりくねった道が多い川越の町中で、広々とした感じがする通りが三番町通りです。大きな建物が多いわりに圧迫感がないのが気に入っています。この通りを西に向かうと、川越駅にでます。我が家の犬もどういう訳かお気に入りのコースみたいです。コロナウィルスのおかげでしょうか、朝でもこの通りは、人がまばらでした。

空を凌ぐ花

写真のオレンジ色の花の名前は、ノウゼンカズラ。近所の庭先に咲いていました。他の木に着生し、つる状に伸びるのでかなり大きくなります。このノウゼンカズラも立派に咲きそろい、道行く人を楽しませています。空に向かってずんずん伸びるところから、中国では凌霄花と書いて、霄は空と言う意味で何と空をしのぐ花という意味になるそうです。また他の木にからむところから愛の象徴として漢詩に使われるようです。

梅雨の晴れ間に

梅雨の晴れ間で、しかもめずらしく心地よい風が吹いている午後。すでに田植えをすまし、すっかり稲がたけをのばした田んぼに子供が分け入って何かとっている様子が目にとまりました。遠くからなので何をさがしているのかわかりませんでした。何となくほほえましい光景なので、カメラに収めようと思ったけれど手元に残念ながらありません。あきらめきれず翌日カメラをもって犬の散歩にでかけたものの、予想通り我が愛犬は田んぼの方にはいきませんでした。しかたなく犬の散歩が終わった後、一人で昨日見た場所に出かけてみました。幸いなことに昨日と同じように同じ子供たちが田んぼに入って何かを見つけていました。二日がかりで写真におさめたものがこれです。

ダイビング

こんにちは、孑度 哩です。プーケット旅行の目的は、ダイビングのライセンス取得です。こんどは水中にチャレンジ。3日間で取得できるという情報をネットで得て、今回もすべて自前の個人旅行へ。12月下旬に仕事が終えたところで、冬の日本から常夏のプーケットに出発しました。時は2004年12月24日金曜日でした。(2004年12月27日撮影)

今から思うと

今回は、今から考えると旅立ちを引き留めるような出来事が重なりました。一つは同僚の入院です。出発当日に入院先を見舞いましたが、急な入院でした。二つ目は娘の体調です。出発間際にすぐれないことを聞いたので、後は家族に託しました。三つめは、電車の乗車口を間違えたことです。出発時刻が迫っているのにドアが開きません。降車ホームに立っていたのです。でもその時は、何も感じずに空港に向かいました。